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最高裁判所第二小法廷 平成2年(あ)1312号 決定 1994年4月13日

本籍

東京都江戸川区南小岩二丁目二四五番地

住居

同 江戸川区南小岩二丁目一五番五号

会社員

野地忠

昭和一一年一月一八日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、平成二年一〇月二九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小林雄三の上告趣意は、違憲をいうが、右は、原審において主張、判断を経ていない事項に関する主張であるから、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治)

○ 上告趣意書

被告人 野地忠

右の者に対する平成二年(あ)第一三一二号法人税法・所得税法各違反被告事件について上告の趣意はつぎのとおりである。

平成三年三月二五日

弁護人弁護士 小林雄三

最高裁判所第二小法廷 御中

「原判決には憲法第二二条及び同二九条の違反(憲法の解釈に誤り)がある。」

一、上告人野地忠は、所得税法違反・法人税法違反事件の共同正犯として懲役二年の実刑判決の言い渡しを受けたが、右課税の根拠となった所得税法の規定は憲法第二九条(財産権の不浸害性)・同第二二条(職業選択の自由)の規定に違反するが、原判決は右憲法違反を看過しなされたものであるので、原判決は破棄されなくてはならない。蓋し、上告人の共犯者である山田義博は、右所得税法の規定にもとずき、別紙脱税額計算書(昭和五九年分)によると、金八九三三万八七〇七円の土地等の事業所得による課税所得があるとされ(他の所得を除外して考察する。)、同所得に対する所得税額として金六八七九万二六〇円の修正申告を余儀無くされている。即ち、右所得に対する税率は七六・九九パーセントを超える。右税率は国税であり、右所得に対する地方税を計算してみると住民税は金一三四〇万円、事業税は四三五万円となる。即ち、金八九三三万八七〇七円の土地等の事業所得に対する国税・地方税の合計は金八六五四万二六〇円にもなり、所得に対する国税・地方税の税率の合計は何と九六・八六パーセントにも達する。山田義博の昭和六〇年度も同様に、土地等の事業所得は金二億四五八〇万四一五円で、同所得に対する所得税は金一億八九二六万六〇〇〇円、住民税は金三六八七万円、事業税は金一二一七万円となり、国税・地方税の合計は金二億三八三〇万六〇〇〇円で、所得に対する税率の合計は何と九六・九五パーセントにも達する。国民は本来自らの努力により取得した所得は自らのために処分することができる結果を認めるのが憲法第二九条(財産権の不浸害性)の趣旨である。但し、国・地方公共団体の費用に宛てるためなどの用のため、一定の範囲につき税金として微収を受けるものであるが、その程度を超え、右勤労の糧の殆どを奪って仕舞う結果が生ずるような税率であるならば、究極的には国民の勤労意欲そのものを奪って仕舞うことにもなり、憲法第二二条・第二九条違反となることは明白である。

二、国税・地方税徴収の目的については種々の説明がなされ、所得の多いものから多額の税金徴収がなされることは有る程度やむえ得ない面があることは事実であるが、資本主義社会を前提にし、職業選択の自由・私財財産制が保証されている現在において、課税率を高め、所得の殆んどを税金として徴収して仕舞うような税制は憲法第二二条及び同第二九条違反と認定されても仕方がない。仮に、所得の一〇〇パーセント全てを税金として徴収してしまい、国民の勤労の糧が何ら個人財産の蓄積に繋がらない場合には、その税法の規定は憲法違反と認定されるのは当然であろう。次に、所得に対する税率が右一〇〇パーセントに限りなく近づいていくとき、その限界率は何処に定められるのであろうか。その率が本件の如き九七パーセントにも達する如く場合も憲法違反といえるであろう。税法につき違憲立法審査権を有している裁判所は、その税率についても、その限度率につき違憲立法審査権を有する筈である。従って、裁判所は、有権者数と定員との比率、即ち各国民一人一人の選挙権の格差につき判断したと同じように、その税率についても、許容範囲につき裁判所が判断すべきである。即ち、国民がその税率につき判断を求めてきたときに、単に立法政策の問題として排斥すべきでなく、裁判所が国民の側に立って、その適正な税率の許容範囲につき独自に判断をすべきである。特に、税法の規定する税率を合憲と判断する場合には限界税率につき明確な基準をもって判断し、国民の納得をえるべきである。本件の如き超高率を規定した税法の規定を合憲とする判断をなすべきであるならば、何パーセントまでならば合憲との明確な判断をなすべきである。

別紙

脱税額計算書

昭和59年分 山田義博

<省略>

脱税額計算書

昭和60年分 山田義博

<省略>

事実取調請求書

被告人 木元隆

右の者に係る法人税法違反被告事件について、弁護人らは、次のとおり事実の取調を請求する。

平成元年八月一日

右主任弁護人 鍋谷博敏

弁護人 伊藤廣保

同 武田聿弘

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一 証人尋問

一 〒二七〇-〇一 千葉県流山市野々下四丁目八五二番地五〇

証人 新井旭

1 証人の地位 株式会社山平取締役

2 立証事項 株式会社ベルウッド商会が、昭和六一年七月二〇日ころ株式会社山平に支払った金五〇〇〇万円は、山平の宅地建物取引業の免許利用の対価であること

3 尋問時間 主尋問約四〇分

4 尋問の必要性 証人は、被告人木元からベルウッド商会が宅建業法の免許なしに多数回の不動産取引をおこなっている事実を聞き、そして、万一無免許取引が問題となったときは、株式会社山平に協力して欲しい旨の依頼を受けたこと、この依頼に従って、ベルウッド商会と株式会社山平との間で業務委託契約を締結し、その業務の執行として取扱不動産に関する企画書を木元不動産社員桝博史において株式会社山平に代わって作成したこと、この委託契約に基づき、ベルウッド商会の不動産取扱い高に従って委託手数料の額を決定したことなどの事実を明らかにし、金五〇〇〇万円が株式会社山平に対する単なる資金援助ではなく、宅建業免許利用の対価たる側面をも有するものであったことを立証する必要がある。

二 〒二五三 茅ヶ崎市今宿三九六-一〇〇九

証人 桝博史

1 証人の地位 株式会社木元ビル企画取締役

2 立証事項 株式会社ベルウッド商会における数次の不動産取引が宅建業無免許営業禁止に抵触するのではとの危惧が社内で問題となり、その対策のためベルウッド商会と株式会社山平との間の業務委託契約書を作成し、ベルウッド商会が株式会社山平の企画立案に従って不動産取引をなした外形を作るため、株式会社山平に代って企画書を作成し、株式会社山平に交付した事実

3 尋問時間 主尋問約二〇分

4 尋問の必要性 木元グループにおいて、ベルウッド商会が宅建業の無免許営業禁止に抵触するのではとの危惧が生じ、その対策として証人が木元不動産顧問と相談しながら、ベルウッド商会における免許取得を計画し、免許取得までの間の暫定措置としての右方策を現実に立案した担当者である。そして同人は株式会社山平に代って企画書を作成したものであり、右各事実を立証するため尋問の必要性がある。

三 〒一五〇 東京都渋谷区南平台町八番一四号 イースタンホームズ南平台二〇一号

証人 森太良

1 証人の地位 元木元不動産株式会社社員

2 立証事項 本件脱税行為を森太良が、積極的に企画、推進した事実

3 尋問時間 主尋問約一時間三〇分

4 尋問の必要性 証人は自らの利得を図るため、本件脱税行為を積極的に企画、推進したのにもかかわらず、検面調書においては自らの罪責を免れるため、本件脱税行為全てを被告人の指示に従ってなしたと供述している。原審においては証人の取調請求がなされていないので、証人尋問によって本件脱税行為で果した証人の役割を明らかにする必要がある。

四 〒二二七 横浜市緑区すすき野一-二-二 あざみ野マールス三〇五

証人 原田俊彦

1 証人の地位 森太良在職中木元不動産株式会社営業課長

2 立証事項 森太良が木元不動産において、実質上被告人に次ぐ立場にあったこと、木元不動産に出入りする業者が森のリベート要求に困惑していた事実、森入社後に三井信託銀行渋谷支店から借り入れ額が増大したこととその理由、森の木元不動産退社の理由が木元不動産の購入計画した不動産の情報を他社に流し、他社において右不動産を購入させるべく画策していたことが発覚したためであったこと、森の社内における業務内容等

3 尋問時間 主尋問約三〇分

4 尋問の必要性 証人は、社内において森太良と行動を共にすることが多く、最も森を知りうる立場にあった者である。社内において森は被告人に次ぐ実力を有するようになったため、証人が知りえた森の行状を報告人に伝えることができず森の行動を制約することができなかったことなど、森の専横的行動を立証するため右証人の尋問が必要である。

五 〒二七九 千葉県浦安市舞浜二一番地の二四一

証人 泉谷吉成

1 証人の地位 株式会社銀座不動産代表者

2 立証事項 木元不動産株式会社において、株式会社銀座不動産商会との取引に関し、雑収入除外とされた金七三一九万円のうち相当額部分は銀座不動産商会の簿外資金であり、これを木元不動産において銀座不動産商会のため預り保管していた事実、及び銀座不動産が森太良に交付したリベートの交付日時、回数、金額及び交付の経緯等

3 尋問時間 主尋問約四〇分

4 尋問の必要性 証人は、被告人とのつき合いが深く、不動産の買取りをなすにあたって木元不動産の保証によって借り入れをおこなっていた。また浦安市舞浜に自宅を購入するにあたっても被告人の強いすすめに従ったものであった。このような関係にあった証人が、忠峰商事等へ支払った金員のすべてが木元不動産の裏金として取得されるとは認識しておらず、むしろ、自社のためにプールされていると考えていたことを明らかにし、さらに証人が二回にわたって森太良からリベートの要求を受けて支払っていることと、その内容を明らかにするため同証人の尋問が不可欠である。

六 〒一九三 八王子めじろ台三-一九-七

証人 安井幸一

1 証人の地位 ケイジー都市開発協同組合事務局長兼木元グループ総務部長

2 立証事項 証人は商工中金から派遣されたものであり、ケイジー都市開発協同組合の設立の経緯及び運営の実態及び木元グループの現況から、被告人木元が収監された場合の影響及び商工中金等の予想される出方を明らかにする。

3 尋問時間 主尋問約四〇分

4 尋問の必要性 証人は、商工中金から派遣されたもので、ケイジー都市開発協同組合及び木元グループの両社の内容に精通しており、本件発覚後に既に右組合及び木元グループが受けているマイナス面を具体的に明らかにするとともに、被告人木元が収監された場合、資金繰りや営業面において壊滅的打撃を受け、商工中金を含めた金融機関が融資金の回収に走る恐れがあるなどその影響の甚大なることを明確にするために右証人の尋問が必要である。

第二 証拠書類

別紙一覧表記載の証拠書類

第三 被告人質問

株式会社ベルウッド商会が株式会社山平に対して支払った金五〇〇〇万円が宅地建物取引業の免許利用の対価である事実、本件脱税行為に森太良が積極的に加担した事実、木元不動産株式会社が株式会社銀座不動産商会に関し認定された雑収入の除外額のうち相当額分が銀座不動産商会の簿外資金であり、これを木元不動産において預り保管していた事実、その他被告人に有利な事実及び、控訴趣意書第三の事実について

証拠書類一覧表

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

○ 控訴趣意補充書

被告人 木元隆

右の者に係る法人税法違反被告事件について、弁護人らは、次のとおり控訴趣意補充書を提出する。

平成元年八月一日

右主任弁護人 鍋谷博敏

弁護人 伊藤廣保

同 武田聿弘

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一 控訴趣意書第一、一「株式会社ベルウッド商会が株式会社山平に支払った五〇〇〇万円について」の補充

木元不動産において、その関連会社であるベルウッド商会における多数回の不動産取引が宅地建物取引業の無免許営業に抵触するのではないかとの危惧が、昭和六一年春頃から木元不動産会社幹部の間に生じていた。

ベルウッド商会において将来宅地建物取引業法の免許を取得する方針はあったものの、既に取引がなされたものについては、無免許取引の事態を回避するために他の業者の免許を利用させてもらうほかないとの結論になった。しかし、他の業者といっても木元不動産及び被告人木元と資本関係に立つグループでは免許利用の対価支払が税務上否認される恐れがあったため、前記資本関係にも立たず、被告人とも親しい関係にあった新井旭が率いる、当時経営難に陥っていた株式会社山平を選定した。

被告人木元は、東急コミュニティーから株式会社木元ビル企画取締役に就任していた桝博史に対し、無免許営業を回避するための業務委託契約書等の作成を命じた。

桝博史は、木元不動産の法律顧問に相談し、業務委託契約書を作成するとともに、右契約書に記載された三個の物件についての企画書を、株式会社山平に代わり約一週間かかりきりになって作成し、新井旭に交付したものである。

二 控訴趣意書第一、二「本件脱税行為を森は積極的に企画、推進した事実」について

1 森は、木元不動産に入社後木元不動産一階事務所において他の社員と共に事務処理をおこなっていたが、昭和五八年春ごろから三階にある社長室前の五坪程度の部屋で単独で執務するようになった。

原田俊彦を始めとする社員の間で、森に木元不動産に関係する者以外から頻繁に電話が入ったり、またそのような者が森を訪ねるようになったり、さらに、日中行先も告げずに会社を一~二時間留守にすることが多くなったことから、森の行動に疑問を持つ者が多くなった。

原田は、昭和六〇年春ごろ、木元不動産が解体を依頼していた渡辺解体こと渡辺政治から、森が同人にリベートを要求し、リベートを解体費用に上乗せして請求するように指示されて困っているとの事実を聞いた。

さらに、銀座不動産商会の泉谷吉成から、同五九年夏ごろ、森が芝白金の物件の取引に関し、被告人木元に対して、五〇万円の謝礼を支払うよう指示され、五〇万円を森に交付したが、被告人木元から何の反応もないので真実被告人木元に交付されているだろうかと相談されたことがあった。

しかし原田は、森が被告人木元に可愛がられ、社内においても相当の実力を有するようになっていたため、被告人木元に報告することができなかった。

昭和五九年ごろから、木元不動産とアパレルメーカーである株式会社ノバが共同で渋谷区千駄ヶ谷の物件を購入しようと、木元不動産の営業担当の社員が所有者と購入交渉をなしていた。右物件は同六〇年二月ごろ売買契約が成立し、同年四月ごろ代金の決済をおこなった。

株式会社ノバの代表者高見沢は、同六〇年夏ごろ被告人木元に対し、木元不動産が購入交渉をなしているときに、森から右物件を購入したければ森の紹介する他の業者を通さなければならないと告げられ、困惑した旨始めて話した。被告人木元とすれば、森が木元不動産において知り得た情報を他社に流し、他社と相謀って木元不動産を取引から排除するよう画策することは許されないと判断し、原田らを始めとする社員を集め、善後策を話し合った。その際原田らは、それまで知り得た森に関する情報を被告人木元に始めて話し、被告人木元は森を解雇する方針を決定した。

解雇の告知は原田が担当し、昭和六〇年八月ごろ「今日、何を話しにきたか、自分の胸に手をあてて考えてもらいたい」と森に告げると、森は「判った会社を辞める」と言って退職に至ったものである。

2 森は木元不動産入社後、取調請求予定の取引成立台帳(買取用と売買仲介用の二種がある)作成を担当していた。

右取引台帳を作成すれば収支が一目で明白であり、森はこの取引台帳に従って、仲介手数料が宅地建物取引業法に定める所定の枠内にあるかどうかの事実、及び買取り物件についての収支を容易に知りうる立場にあったものである。

三 控訴趣意書第一、三「株式会社銀座不動産商会に関する雑収入の除外について」の補充

1 木元不動産は銀座不動産商会がおこなった取引に関し、購入資金の借入斡旋、その保証、仕入先と売却先の紹介等を行って得た手数料(雑収入)三三五〇万円と三九六九万円の合計七三一九万円を、木元不動産の収入から除外したとされている。

控訴趣意書第一、三において、右七三一九万円のうち相当額部分は、銀座不動産商会が「港区白金」「新宿区三栄町」の各物件につき、株式会社忠峰商事、モーゼ商事株式会社の各名義の架空領収証を使用した簿外資金であり、この簿外資金を木元不動産において銀座不動産のため預り保管していたものと主張した。

被告人木元は、右金員を「預るつもりで持っていたという心理」、つまり簿外資金の一部を将来銀座不動産商会に還元するつもりであったものである。

取調請求予定の現金入金伝票によれば、被告人木元は昭和六〇年一二月二三日、保管していた現金のうち金六〇〇〇万円を、将来銀座不動産商会へ還元することに備え、銀座不動産商会の事務所に近い住友銀行銀座支店で額面一〇〇〇万円、六口の自動継続定期預金とした。

そして銀座不動産において前記七三一九万円を簿外資金として修正申告をなすにあたり、被告人木元は昭和六一年一二月二三日、額面一〇〇〇万円、六口の定期預金を解約し、同日元利金合計六一〇五万五〇八六円を銀座不動産商会の銀行口座に振込んだものである(取調請求予定の現金出金伝票及び振込依頼書)。

右の事実から、被告人木元は銀座不動産商会のために簿外の金員を「預るつもりで持っていたという心理」を有していたことが明らかである。

2 泉谷吉成は、以前大船にある借家に居住していたが、妻が三井不動産の新築マンションの見学をしたことを、知り合いの三井不動産販売の社員が聞き、自ら居住している浦安市舞浜の分譲地を紹介してくれた。

物件は建物新築を条件とするもので、代金は四五〇〇万円であった。泉谷としては、当時の収入からみて借り入れ不可能な金額であったため、被告人木元に相談したところ、いい話なので借り入れについては三井信託銀行渋谷支店に話してやると言われ、結局、木元不動産の連帯保証で、年間約一〇〇〇万円の返済という短期の借り入れをなし、右金員を調達した。泉谷としては短期の借り入れでもあり、その返済について被告人木元に不安を訴えたところ、被告人木元から、大丈夫だからまかせておけと言われ、もし返済に支障が生じたときは、被告人木元が何らかの手段を講じてくれるものと思っていた。

四 控訴趣意書第二、五、2「被告人木元は既に十分な制裁を受けている」の補充

1 木元不動産が本件発覚前に三井不動産販売株式会社と特約店契約を結んでいたことは、既に触れたところであるが、取調請求予定の特約店契約書(法人部門)によれば、木元不動産は、右特約店契約により事業用不動産の売買等の仲介や事業用不動産の買取販売業務に多大のメリットを受けてきたことが明らかであるのみならず、右特約店契約を結んでいること自体で大きな社会的信用も得てきたのである。

しかしながら、被告人木元が本件で逮捕されるや、三井不動産販売からの意向もあり、直ちに、右特約店契約の解消に踏み切らざるを得ないことになり、多大の打撃を受ける結果となった。

なお、木元不動産では、右特約店契約の締結に伴い、三井不動産販売の未公開株一万株を取得していたのであるが、右特約店契約の解消に伴い、同社から右株を同社の指定する会社に譲渡することを求められ、取調請求予定の有価証券譲渡約定書のとおり(ただし、本来の日付は被告人木元が逮捕された当日の昭和六二年九月二一日となっていたが、三井不動産販売の意向により、譲渡日を被告人木元の逮捕日より前に遡らせるため、後日において当初の譲渡約定書を破棄し、改めて昭和六二年九月一七日付で書面を作成させられたことを付言しておく。)、一株当り金三九二円で株式会社トナミ不動産に対して譲渡することを余儀なくされたのであった。

三井不動産販売の株は、近々上場される見通しであり、その場合には一株当り数千円の値がつくことが確実といわれているものである。

2 不動産業界においては、不動産情報の的確な収集分析が死命を決するほど重要な事柄であり、このため、各最大手不動産会社のもとに親睦団体の結成されていることは、公知の事実である。木元不動産も大手四社の各親睦会に加盟していたことは、既に触れたところであり、一例を挙げれば、取調請求予定の小田急不動産親交会の会則から明らかなとおり、その目的は「会員間の不動産情報の流通を円滑に行い、もって会員相互の事業発展、友好関係の強化を図る」ことにあるとされている。

木元不動産は、これら各親睦会からも謹慎の意味を込めて退会しており、いわば不動産情報に対する耳を失っている状態であり、このうえ更に、前代表取締役の被告人木元が実刑という厳しい判決を受けることになれば、回復不可能なほどの打撃を受けることが必至といえるのである。

3 被告人木元の設立した木元不動産株式会社及びケージー都市開発協同組合の各金融機関からの借入金残高の推移は、取調請求予定の残高証明をもとに作成した別紙借入金残高推移表記載のとおりである。

本件で被告人木元が告発を受けたのは昭和六二年七月であり、逮捕されたのは同年九月二一日であったから、右借入金残高推移表記載の金額から明らかなとおり、木元不動産の借入金残高は、そのころ以降、三井信託、第一勧銀、商工中金、三菱銀行、安田信託の各主要金融機関からの借入分が確実に減少しているのに対し、ファイナンス系からの迂回融資による借入分がかなり増加している。ちなみに、昭和六一年九月と平成元年四月とを対比してみると、その間の木元不動産の各主要金融機関からの借入金残高の減少は金一三一億六六〇〇万円であるのに対し、ファイナンス系からの借入金残高の増加は金九二億八〇〇〇万円に及んでいる。

右は、右各主要金融機関が本件発覚後、新規融資を全面的に手控えたため(唯一の例外は、商工中金の昭和六三年一〇月から昭和六三年一一月の間の金六億円の増加であるが、これは本件発覚前のプロジェクトにより融資が決定していた分である。)、木元不動産がやむをえず融資先をファイナンス系からの迂回融資に頼らざるをえなかったことによるものである。

ところで、取調請求予定の融資明細書等から明らかなように、ファイナンス系からの借入条件は、商工中金からの借入に比べ、はるかに金利面で不利なものである。これを要約したものが別紙金融関係費用比較表であるが、これによれば、実質年利率はファイナンス系が一六・一パーセント、商工中金が六・二パーセントで、その差は約一〇パーセントに及んでおり、また、六か月で返済した場合の実質負担年利率はファイナンス系が二五・一パーセント、商工中金が七・二パーセントで、この場合実にファイナンス系は商工中金の約三・五倍の高金利になっている。

別紙借入金残高推移表によれば、ケイジー都市開発協同組合についても、木元不動産の場合とほぼ同様のことが看取できる。

右のとおり、本件の発覚により既に融資面で甚大な不利益を蒙っているほか、このうえ仮に、被告人木元の実刑が確定することになれば、各主要金融機関が借入金の弁済期延期の書き替えを拒否し、一括弁済を迫ることも予想され、そうすると、木元不動産ブループの倒産の危機が現実化すること必至である。

4 ケイジー都市開発協同組合員は別紙KG協同組合員企業概要記載のとおり、木元不動産ほか九社であり、役員を含む人員は九四名に達し、家族数を含めれば少なくとも約三〇〇名程度が生活を依存していることになる。したがって、倒産となれば、これらの者が一挙に生活危機に直面し、路頭に迷うことにになりかねない。

5 木元不動産の金融機関からの借入については、すべて被告人木元が個人として連帯保証することを求められていた。そして、本件発覚後、木元不動産の代表取締役が佐久間博行に交替してからも、証書の書き替えに際しては、同様被告人木元が個人として連帯保証人欄に署名捺印することが要求されている。

一例を挙げれば、取調請求予定の債務承認弁済契約証書から明らかなとおり、木元不動産が昭和六一年二月二七日に手形貸付の方法で商工中金から借入れた金二億三〇〇〇万円については、被告人木元が代表取締役であった昭和六二年一二月三一日の書き替えまでは弁済期を六か月毎として被告人木元が個人保証しており、それ以降の書き替えは弁済期が三か月毎に短縮され、代表取締役の佐久間博行の個人保証のほかに、被告人木元が同様に個人保証することを求められているのである。

ケイジー都市開発協同組合の借入れについても、取調請求予定の金銭消費貸借契約証書、債務承認弁済契約証書から明らかなとおり、昭和六二年四月一日に証書貸付の方法で商工中金から借入れた金五億二〇〇〇万円について、木元不動産のほか、被告人木元が個人保証しているのであり、平成元年四月二八日の書き替えの際も、既に理事長や代表取締役の地位を退いた被告人木元の個人保証もやはり要求されているのである。

仮に、被告人木元が収監される事態となれば、右のような書き替えについての被告人木元の連帯保証が著しく困難になり、かかる面からも木元不動産グループの倒産が現実化することが考えられる。

借入金残高推移表

<省略>

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金融関係費用比較表

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KUMIAI KG協同組合員企業概要

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控訴趣意補充書において援用した証拠一覧表

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取引成立台帳(売買)(買取用)

<省略>

取引成立台帳(売買)

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平成元年(う)第二二八号

法人税法違反等被告事件 被告人 野地忠

一九八九年六月九日

右弁護人 角田由紀子

同 清水幹裕

東京高等裁判所第一刑事部 御中

○ 控訴趣意書

一、はじめに

本件が法人税法違反等の事案であることを、被告人・弁護人とも争うものではない。それは、原審以来、被告人が犯罪を構成する事実関係については一貫して認めている通りである。

本趣意書における弁護人の立場は、法人税法違反等の成否にかかる事実の誤認を主張するものではないが、原審の量刑(懲役二年)が不当に重いこと、その重要な原因に情状として考慮すべき本件事案の性格につき審理を尽くし、これを正当に評価し得なかった点があること、この意味において情状に関する事実の誤認があることを先ず訴えるものである。

以上の点に加えて、原審で尽せなかった情状や原判決後の新たな情状等をも踏まえて、原判決の量刑が不当な所以を明らかにして、執行猶予の判決を切望するものである。

二、原判決のあげる量刑の事情について

1.原判決は量刑事情として、いわばマイナスに評価すべき事情として以下の諸点をあげている。<1>動機が悪質であること、<2>犯行の方法・手口が巧妙かつ周到なものであること、<3>しかも、これらをいわば宣伝材料とする形で長期間、職業的・専門的に行っていたこと、<4>本件犯行の対価として取得した報酬が合計一億三千万円余に及んでいること。

そこで先ず右の諸点につき考察するものである。

(一) 動機について

(1) なるほど、被告人は原判決指摘のとおり、自己の経営する忠峰商事の業績が不振であったことが、偽領収証作成に手を出すきっかけになったことは事実である。

しかし、忠峰商事の業績が不振になった理由については、原判決は何らふれていない。右不振の原因は被告人が怠惰であったとか、営業能力に欠けていたというように、すべて被告人本人に起因するものではない。

昭和六二年九月二一日付被告人の検面調書(以下、調書類の引用は「六二・九・二一・被告人検面」という表記による)によれば、昭和五七年ころの忠峰商事は従業員五~六名を抱えていたが業績が悪かったため、これら社員に給与を払うために、やむなく貸看板をやるようになったが、その際、悪質なブローカーに引っかかり、いくつか損害賠償をする羽目に陥った。これらブローカーが持ち逃げ等した金額は昭和五八年夏ころには二千万円位に達していた(なお被告人の原審第七回公判での供述によれば、昭和五七年から五九年の間に負担する金額は三千万円という)。

勿論、貸看板は違法行為ではあるけれども、被告人としては、一旦、忠峰商事の名義の下で行われた行為であるから、自分が全責任を負わねばならないとして、被害にあったお客に誠実に対応し続けていたわけである。ここにも被告人の面倒見のよい性格が表れている。

被告人は、生来人の面倒見が良いこともあって(疎明資料中、嘆願書参照)、いわば喰いつめたり、職にありつけない一匹狼の不動産屋が被告人の援助を求めてやってくると、これを断ったり追い返したりすることもできず、ついつい看板貸しにも応じてしまった経緯があった。

そして、これらの者の行った後始末を誠実に履行していたわけである。

忠峰商事の業績不振は右のようなものであった。

この当時、被告人は損害賠償金や友人の保証債務の支払いの資金を調達しなければならないという経済的窮状に陥っていたものである。

右事実は、共犯者の木元・山田らの動機が全く自己の利得のためであったことに比べれば極めて同情すべきものであると言っても過言ではあるまい。

(2) 対被告人山田義博との関係では、被告人が犯行を犯すに至ったのは、当時被告人山田の実父越沼義秋が被告人に対して千三百万円近くの債権があるとして、これを回収する手段として、被告人を利用したとも言うべき事情がある。

右の点については、原判決は全く触れていないが、被告人の本件各犯行の動機に関する事情としては重要である。

被告人と越沼義秋との関係は六二・一〇・一四・被告人の検面にやや詳細に述べられている。

被告人は昭和五九年一一月当時、越沼から被告人の郷里、福島県二本松にある両親の実家の買戻し代金として一五〇〇万円位を強硬に請求されていた。

右の経過については、六二・一〇・二三・越沼義秋の検面第二項以下に、越沼側からの説明が述べられている。

被告人が越沼から右にいう買戻しを請求されるに至ったそもそもの発端は、被告人が公安商事に勤めていた時代の友人から手形の割引を依頼され、これを貸金業者に割ってもらったところ、実はそれが詐取手形であったため、友人の大竹和己に割引金を立替えてもらった事があって同人に恩義を感じていたところ、同人が事業に失敗し、被告人に担保提供を依頼してきたため、郷里の二本松の土地・建物の権利証を右大竹に渡したことにある。

大竹も借り入れ金の返済ができなかったため、結局二本松の土地・建物は競売に付されることになってしまった。

ところで、被告人にとって、二本松の実家の土地・建物は現に両親が居住しているところでもあり、又、経済的困窮の中で自分を養育してくれた両親への愛情と感謝の気持の結晶として、昭和四八年に被告人が買い与えたものであった。従って、被告人にとっては、両親の気持を考えると、何としてもこの不動産を人手に渡すわけにはいかなかったのである。

そのため、競売屋であった越沼義秋の援助を求め、結果的に同人から一五〇〇万円近い金を請求されることになったものである。

越沼義秋は、被告人に対して六五〇万円の債権担保とされていた右不動産を一九〇〇万円での買戻しを求めたりしていた。被告人はその買戻し資金作りのため東奔西走し、果てはあちこちサラ金にまで足を運んだ。

又、越沼義秋も被告人への返済を強硬に迫り、二本松の実家に配下と思われるヤクザ者らしき人間を泊まらせて、これを占拠し、又、忠峰商事の事務所にも、同様の人物を数人連れては返済を迫りに来ていた。

被告人の両親は病気のせいもあって当時は沼津の娘宅へ身を寄せていたが、二本松の家へ戻ることを文字通り切望していた。親思いの被告人としては、越沼義秋の脅迫まがいの催促に畏怖しつつも、何とかまとまった金を作りたいと考え続けていたわけである(この間の事情については、当審の被告人質問等によって立証予定)。

一方、越沼義秋の方でも、この頃既に被告人山田のために偽領収証を作成してその額面金額の三割位を報酬ないしは謝礼として受領することを繰り返していたことから、被告人を被告人山田に紹介し、偽領収証の作成をさせ、その報酬から自己の債権を回収しようと考えていたものである。

右の点については、六二・一〇・二三・越沼義秋の検面第一項で次のように述べられている。

「(それは)私が野地に対して貸金があり、それを取立てたいために野地を義博と取引先の間に入れる、つまり義博が取引した場合に取引先から忠峰商事の名義で仲介料等を受取り、その領収証の礼金を私の方に回させて貸金を返済させるつもりで義博に野地を紹介したことから始まったことでした。」

なお、この点については、六二・一〇・二〇・被告人の検面調書中には、あたかも被告人の方から積極的に被告人山田のカブリをやらせてもらいたい旨、越沼義秋に依頼したかの如き供述が見られるけれども、右は極めて不自然である。なぜならば、被告人が被告人山田に紹介される直前まで、被告人は越沼義秋と二本松の物件の買戻し代金について争っている事実があり、そもそもこの日、被告人が越沼義秋に会うに至ったのは、二本松の物件のことで越沼義秋から呼び出された結果である。

被告人は、本件で身柄拘束されて検察官の取調べを受けている間、検察官に対して極めて従順ないわば完全に屈服した態度をとり続けており、そのため、右の経過についても、自分の方の必要から被告人山田に紹介して貰ったという趣旨の供述をさせられている。

被告人が被告人山田のためにカブリをやるようになったのは、決して自発的ではなく、越沼義秋から二本松の物件の買戻し資金を捻出することを求められた結果である。この出発点における事情が禍いして、被告人は、被告人山田のために脱税の手伝いをやらされることから足を洗うことができなくなったのである(この点については後述する)。

(二) 被告人が自己の方法・手口の「安全性」を宣伝材料としていたという点について被告人は、この点に関していえば、几帳面な性格が禍いしたといえよう。

一件記録で明らかなように被告人は、喫茶店でのお茶代に至るまで極めて正確に細かく記帳しており、税金の申告関係についても正確を期していたことは、その一つの表われである。

被告人が利益を圧縮していたとはいえ、本件で得た収入について申告をしていた事実を告げることは、特にこのことを宣伝材料としたとするにはあたらない。

なぜならば、既にカブリの取引が始まってから木元不動産等その取引の相手方に、きちんと税務申告をしている旨告げたからといって、新規顧客の開拓とは全く無関係であるからである。

(三) 被告人の行為が職業的・専門的であったという点について

また、原判決は、被告人調書中に散見される被告人のほうからカブリの仕事を求めたという趣旨の供述等をとらえて、職業的・専門的等の判断を行っているものとみられるが、右は事実誤認である。

被告人の検面調書は、当初から全く屈服した被告人の心理状態の上に成立しているものであり、被告人は、検察官の本件に対する物の見方を、そのことの持つ意味の重大性についてはついぞ考えることもなく、安易に受容した結果、出来たものに過ぎない。

被告人は、身柄拘束を解かれた後である原審第七回公判廷においては、小林弁護人の質問に答えて次のように述べている(三〇四丁)。

(問) 領収証屋というんですが、B勘屋ですか、これは需要があったということのようですが、あなたの側としてはそれを商売にして行こうというふうに考えた一番大きな動機というのはどこにあるんですか。

(答) 商売にしようと思ったことは一度もありません。たまたまそういう登録免許をもっていない社員がうちに来まして一つ面倒をみてくれと、そんなことでうちとしては、まあ私も悪いんですけれども、面倒をみてやったというところもかなりありますね。

(問) 木元不動産との関係で光野という人が出て来たようですが、あなたは光野という人に自分が領収証屋をやろうと考えているんだと言うようなことを行ったことはありませんね。

(答) そういうことはないです。領収証屋をやるということは私のほうの営業で忠峰商事の看板を持って売り出しを一〇回ぐらい光野さんはやってましたんで、そういうふうになってましたので、たまたまひょんなことからそういう話が出たんで、うちのほうから領収証をぜひということを持ちかけたことはありません。

また、同様に三〇五丁には次のようなやりとりもある。

(問) 同じ忠峰の名前でたくさん取引をやると税務署に目を付けられるからモーゼだとかランドフィールドだとかという名前を使い出したのとは違うんですか。

(答) そういうこともありますけれども、根本は独立をしてみたらどうかと、B勘屋をやるためにモーゼ商事とかランドフィールドを作ったわけじゃなくて、一つ独立採算でやろうかと、資金は出そうというようなことでやっておりました。結果としてはB勘屋になってしまったんですけれども。

又、第八回公判で、神宮弁護人との間で次のやりとりもみられる(三二三丁)。

(問) 本業よりそっちのほうがいいと、そのとき光野さんから言われて、すぐに思っちゃったわけですか。

(答) 本業よりということよりも、一六、七年も不動産やってますので、本業よりというんじゃなくて、どうせこれはいずれにしてもまあ一、二回のことだろうと思って、軽く引き受けたわけです。

と、木元不動産との間の取引開始の動機について述べている。

ところで、当審において提出予定の嘆願書(疎明資料として添付)中、三代真澄作成にかかるものの中でも明らかなように、モーゼ商事株式会社、ランドフィールド株式会社設立の経緯は、当初から必ずしもB勘屋を行うためのものではなかったことが明らかである。右三代真澄作成の嘆願書によれば、モーゼ商事株式会社は、右会社の代表取締役にした山口健策が当時五八才で離婚し、子供もなく生活に困窮しており、被告人に助けを求めてきたため、同人に仕事の場を提供してやろうという考えから設立されたものである。

又、ランドフィールド株式会社も、右会社の代表取締役にした野田圭三が当時六〇才で、家賃は勿論のこと、僅か二万円の子供の給食代にも事欠く状況であったのを、被告人が見兼ねて同人にも仕事の場所を与えようと計画したものであった。

三、原審で明らかにされなかった量刑事情について

被告人は、昭和六〇年三月頃、日本橋税務署の調査を受け、偽領収証発行の件が指摘されたことがあった。被告人はこの頃、右の指摘もあり、被告人山田義博とのカブリの取引はその背景に越沼義秋がいることもあってできればやめたいと考えていた。

しかし、それにも拘らず本件で国税局の査察を受けるまでやめられなかったのは次に述べる事情があったからである。

前述したように、被告人は、越沼義秋が自己の被告人に対する債権回収の手段に利用しようとして、被告人山田を紹介された経緯があった。

越沼義秋は、被告人を被告人山田に紹介して一カ月たたないうちに、被告人から一千万円の返済を受けて、一応二本松の物件の権利証等を被告人に返還している。しかし、越沼義秋はその際、残額(三百万円ないし五百万円)については債務免除或は放棄をしたわけではなく、とりあえず一千万円の返済を受けたので書類は返すということであったにすぎない。

被告人が、被告人山田との間でカブリの取引を行うことは越沼義秋には勿論、分かっていることだから同人は被告人に対しても、その後も度々残額の請求をしてきた。現に、被告人は、被告人山田から受領した報酬の中から合計五六一万三四四〇円を、越沼義秋に支払っている(六二・一〇・二三・被告人の検面調書末尾添付の一覧表による)。

被告人は、二本松の物件の買戻し代金の一部として一千万円を越沼義秋に支払うまでの三年間、さまざまに、越沼義秋に脅迫、威迫されてきた体験があり、そのことから越沼義秋に対しては常に何をするか分からないと恐怖心を抱いていた。

越沼義秋は、被告人が昭和六一年九月から一カ月間にわたり、日本橋税務署に呼び出されて東誠商事の件で調査を受けていた時、連日のように右税務署の外で被告人を待ち受けており、被告人は越沼から被告人山田のことについては一切話すなと迫られていた事実もある。

従って、被告人としては、被告人山田とのカブリ取引をやめて、越沼義秋への支払いをやめれば、いかなる危険な事態が発生するやも知れないと思い、ずるずると、被告人山田との関係を続けてしまったものである。

被告人は右経過を原審公判廷で明らかにしたいと何度も考えたが、当の越沼義秋は毎回傍聴に来ており、同人の面前では、遂にこのことを話す決心がつかなかったものである。

当審に至り、被告人は迷いに迷ったすえ、自分のことをなお支援してくれる友人・知人らのことも考え、ようやく右事実を明らかにする決意をした次第である。

四、原判決後生じた量刑事情について

1.被告人は、実父が盲人であったことから、常々盲人のための福祉については、深い関心を抱いており、本件以前にも匿名で盲人のための施設等へ寄附をしてきた。

本件で、被告人はその反省の気持から、本年五月二六日付で社会福祉法人日本点字図書館に百万円の寄附を行った。

被告人は本件の責任をとって廃業届を出し、以後は知り合いの不動産屋に勤めて僅かな収入を得ている。そして、被告人はその収入の中から妻子の生活費は勿論のこと、母の生活費の仕送りもしているわけだから、被告人にとって、右の百万円は決して少ない額ではない。

2.被告人は、原審でもある程度立証されたが、同級生・知人らに人望のある人物であり、今回も、実刑判決宣告後になお被告人を知る人々が、それぞれの心を込めて、被告人のための減刑嘆願書を作成したくれたという事実がある。

五、共犯者間の量刑の不均衡について

本件脱税行為について、被告人及びその余の共犯者らの果した役割については、質的な差異がある。

この点について、原判決は、被告人の犯行は「所得秘匿を目的として長期にわたり架空領収証の入手を求める顧客の存在を前提として成立するとの一面もあることも否定できないところであり、かかる顧客側の姿勢にも問題があること」を認めている。しかし、宣告刑についてみれば、被告人と被告人木元を同じ懲役二年に処したのは、右犯行における役割の主従、主導権の存否に照らして考えると均衡を欠く。

架空領収証を使っても脱税をしたいという人間(又は会社)が先ずあって、その者が架空領収証を作成してくれる者を求めるからこそ、本件被告人の犯行の余地が生じるわけである。

六二・一〇・六・木元隆の検面第八項には、次の記載がある。

「本格的にブームを迎えだした五八年暮れから五九年初めにかけてのころ、私はこれからは当社の利益隠しをやっていかないとと考えてしまいました。」

又、六二・一〇・六、七・の右同人の検面第一〇項には、次の記載がある。

「五九年九月期の期末が近づいて苦慮していたところ、森が利益隠し、裏金作りのプランを持って来ました。この前段には期末が近づいてきた時点で決算予想の数字をもとにして私が森に、消せるものがあったら野地さんに頼んで消しておくようにというように言っていた経過がありました。」

これらの供述内容からも明らかなように、木元不動産の側に、どうしても被告人を利用しなければならない事情と、利用したいという意欲があったことは明らかである。

六、結び

以上述べてきた諸事情を十分に考慮するならば、被告人に対する原審の実刑という量刑が重きに失することは明白である。原判決を破棄して、被告人を執行猶予に付することが、正義にかなう判断であることを確信する。

添付資料

一、疎明資料一 (領収証)

二、疎明資料二~七(嘆願書)

以上

<省略>

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